
確かに、新刊が出ないなーとは思ってたんですが。ほとんど筆を折らざるをえない状況になってコンビニのバイトで糊口をしのいでいたとは知らなかった。本当にビックリです。デビュー以来、相当フェイバリットな作家だったのに、10数年ぶりに読む新作がこんなノンフィクションだとは…。森雅裕さんは、今をときめく東野圭吾さんと同期で江戸川乱歩賞を受賞した方です。受賞作は「モーツァルトは子守唄を歌わない」。ご本人が東京藝術大学の出身で、音楽の世界を舞台にしたミステリは新鮮でした(学部は美術学部出身だったんですけどね)。同じ年に浮世絵の世界を取り上げた「画狂人ラプソディ」で横溝正史ミステリ大賞佳作も受賞。ハードボイルド・タッチと美少女趣味を隠し味にして、音楽と美術の世界を行き来する新しいタイプのミステリ作家の誕生は新鮮でした。「椿姫を見ませんか」とか「さよならは2Bの鉛筆」とか「ベートーヴェンな憂鬱症」とか、タイトルのセンスも優れていたと記憶してます。少なくとも、東野さんよりはお上手でしょう。その後も、バイク小説や時代小説、刀剣界を描いた小説などにも手をひろげ、著書も多数だったのに。そう言えば思い出しました。「推理小説常習犯 -ミステリー作家への13階段」というエッセイを読んだら、出版業界の裏側をそうとうリアルに書いてあったので驚いたことがありました。そんなこともあって、次第に編集者から疎まれていったらしいですね。ご本人がそう書いてます。本書ですが、乱歩賞作家がコンビニ勤め、という意外さのほかは、コンビニの裏側が覗けるというくらいで、読んで楽しい本ではないと思います(ちょっと厳しいけど)。森さん、現在は小説執筆よりも、彫金(刀の鍔づくり)に意欲を燃やしているんだそうです。だけど、ここまでハッキリした本を出したんだから、開き直ってもう一度ミステリにも取り組んで欲しいなあ。リリカルでシニカルな森ミステリの新作をぜひ読みたいと希望いたします。