浅暮三文さんはメフィスト賞でデビューして推理作家協会賞も取ってる作家ですね。もともとコピーライター出身で、そのあたりのことを書いているのがこの「広告放浪記」。関西の大学を出て、大手新聞社系の広告会社に就職したアサグレ君が主人公。まんま、ご本人なのでしょう。大学出立ての新人に大きな広告営業が出来るわけもなく、三行広告の飛び込み営業をイヤイヤやってい毎日。そんな日常の中にも、美味いもん食ったり、友人と飲んだりの楽しさはある。でも、それだけじゃ、閉塞状況は打開できない。ということで、広告の専門学校に通いだすのです。この小説、登場する実名の頭文字が単にアルファベットになっているだけなので、モデルがわかりやすいのです。アサグレ君の勤める会社は大手のM新聞の子会社でM広告社、ってそれ毎日でしょ。その他、金沢支社での現地スタッフの造反・一斉退社とかもきっと事実をもとに書いてるんでしょう。ここに登場する、広告の専門学校も、久保宣という実名ですし。久保宣というのは久保田宣伝研究所の略で、今では宣伝会議のコピーライター養成講座になってるんです。学校の講師陣もイニシャル表記にはなってますが、業界の人なら誰だかなんとなく想像がつく感じ。中島らもさんは実名で登場してきます。コピーの面白さにはまった主人公は「名作コピー読本」の著者である東京のボディコピーの神様に、作品の添削をお願いするのですが、この本実在しますしね。たしか著者は鈴木康行さんのはず。S木さんとして登場するこの師匠を頼って主人公が上京するところで本書は終っています。事実を根底に、編年調で書かれているぶん、構成が散漫というきらいもあるんですけど、とりあえず、広告業界に就職してチャランポランに生きている若者が、広告制作の面白さに気がつき成長していく青春小説として、さらに当時の広告業界をちょっとは知っている者として、なかなか興味深く楽しく読ませていただきました。
あの時代って、広告が脚光を浴びはじめた時代だったんですよね。浅暮さんは1959年3月生まれとのこと。順調に就職してたとして、1980年卒業&入社ですよね。1980年はジュリーの「TOKIO」を糸井重里さんが作詞した年。前年には雑誌「広告批評」が創刊されてます。この後、川崎徹さんや仲畑貴志さんも有名になって、広告制作者が広告に留まらずに活動の場を広げていったのですよね。と同時に、同時代の若者たちも広告業界を目指すようになったのですよね。ああ、懐かしい。