いしかわじゅんさんは漫画家なんだけど、最近はあまり漫画は書いてません。NHK-BSの「BSマンガ夜話」でも知られてるように、ある意味漫画評論家みたいになってる部分もあります。それ以外に、日テレの「バンキシャ!」でコメンテーターとかもやってますし、エッセイの連載もしてたりする。で。その、いしかわさんのこれまでに書いてきた漫画評論をまとめたのがこの本です。これには、前フリがあって、12年前にでた「漫画の時間」という本があったのです(今は新潮OH文庫で読めますよ、12年経ってもけっこう古びないところが面白い)。で、、この「漫画ノート」、分厚いけれど、読みやすいです。クラシックスと言ってもいい漫画から、けっこう新しいものまで、一緒くたに取り上げられています。漫画家が漫画の批評をするということで、業界内ではバッシングや恨みを買ったこともあったそうですね。個々の作品評や作家に対する記述も業界のパーティで出会った本人の印象や業界でのスタンスとかも絡めて書かれていて、大変面白く仕上がっています。そして、この本をまとめよう!というきっかけになったという巻末の吾妻ひでおさんへのインタビューが読ませるんです。仕事から逃げてホームレスになり、自殺を図り、それでいながら東京ガスの工事人として住み込みで働き、見つかるものの、またアル中になってしまう…。あの「失踪日記」に綴られた吾妻さんへのインタビュー。「藝術新潮」で読んだ時も印象的でしたが、「漫画ノート」の締めくくりとして読むと感銘は一層です。ギャグ漫画家として鎬を削る仲だった二人。そのどちらもが、ある時期、仕事を放りなげ、かたや多摩でホームレスになり、かたや香港からイギリスへと無為な放浪に出ていたという事実。いしかわさんもやはり、最先端のギャグ作家であることに耐えられなくなって1年半ほど仕事が出来なかった時期があったのだそうです。読者から見れば一瞬の笑いにすぎないギャグ漫画家であり続けることの地獄。まったく知らない世界ですが、なんだかわかる気がします。ただ、漫画を読むだけでも楽しいけど、こういう本を読むとさらに楽しくなる。漫画ファンなら、読みたい一冊。分厚いくせに安いしさ。
残念だったのは、すべての文章に漫画の図版が付いている訳ではないこと。ま、著作権問題も含めて仕方のないことでしょうけど。それともう一つ。ご本人も書いている通り、本にまとめるのに大いなる時間を経た上、何度も書き直したせいか、それぞれの文章の初出が記載されていないんですよ。著者としては校了の時点で本人の想いがすべての文章に込めてあるということなんでしょうけど。やはり、最初に書かれた時期とか掲載された媒体は知りたいですよね。それによって、解明できることもある訳だし。そのへんが、ちょっと残念。ま、決定的な瑕疵ではありませんが。