「私の男」が直木賞候補になって話題の桜庭一樹さん(ちなみに女性です)。その出世作といえるのが(たぶん)この「赤朽葉家の伝説」でしょう。日本推理作家協会賞を受賞し、昨年の「このミス」では第2位、週刊文春の「ミステリーベスト10」でも第4位にランクインしています。こりゃ流石に読まなくちゃ、という訳で手にしました。伝奇小説とSFとミステリと少女マンガが同居してるような、不可思議な物語です。いや、もちろん面白いんですよ。物語は昭和28年鳥取で始まります。たたらの時代から製鉄を正業とし、山に製鉄所を持ち、町の支配者となり山頂に屋敷を構える赤朽葉家。そこに嫁入りしてきたのは、山の民・サンカの娘で千里眼を持つ万葉(まんよう)でした。ストーリーは戦後からの50年そこらが舞台になっているのですが、どうにも横溝正史的な世界観が、明治大正昭和初期を思わせて仕方ありません。それに輪をかけてくるのが登場人物たちの面妖な名前です。サンカの娘・万葉の産む子供たちは、「泪(なみだ)」、「毛鞠(けまり」、「鞄(かばん)」、「孤独(こどく)」と奇妙奇天烈な命名をされるのです。そしてそれぞれ名前に相応しい人生を送るのです。町の勢力者で女中がいて蔵がある土俗的でおどろおどろしい旧家の雰囲気は、まるで昭和のものとは思えません。しかし、赤朽葉家のムードと関係なく、時代は高度成長へ、オイルショックへ、そしてバブルへ、さらにはバブル崩壊へ突き進んでいくのです。未来を見通す千里眼で赤朽葉家を助けていく万葉、その娘・毛鞠は、不良少女となりレディース暴走族のアタマとして中国地方の統一を成し遂げるのですが、突如マンガ家となり超ヒット作を生み製鉄の斜陽に苦しむ一家を支えるのです。そして毛鞠の娘で語り手でもあるニートの瞳子。祖母と母の存在の大きさを畏怖しながら、なにごともなしえない自分を持て余す瞳子は祖母の残した謎の言葉を調べ始めるのです。単にミステリと呼ぶには、あまりに重厚な女子三代の物語。たしかに謎解きもないではないのですが、それはあくまでおまけと言っていいでしょう。「警官の血」は警視庁警察官三代の物語として戦後を描いた傑作でしたが、こちらもまったく別な角度から女性三代を通して鳥取という田舎の戦後を描ききった傑作だと思いました。
ぶくぷく茶というお茶が、この小説には当たり前のものとして登場するんです。家でも、喫茶店でも、みんなぶくぷく茶を飲んでいるのですが、こういう実在しないものをサラッと出してくるあたりにも桜庭一樹さんのテクを感じますね。あー、飲んでみたいな、ぶくぷく茶。