元TBSのディレクター・プロデューサーでKANOXを主宰していた演出家の久世光彦さんがなくなった。70歳だというから、天寿を全うしたとも言えるのだろうが、直前まで活躍していたので、もったいなく思えてしかたない。久世さんと言えばドラマ「時間ですよ」などのヒットで有名である。破天荒でテレビの枠をはみ出した実験的な演出で、他に例を見ないディレクターだった。「時間ですよ」では生ドラマに挑戦したり、ジュリー主演で「悪魔のようなあいつ」を撮ったり、「寺内貫太郎一家」で小林亜星を主演に起用したり、「ムー一族」では横尾忠則にタイトルを依頼したり、常に新しくてカッコいいことをやっていた気がする。さて。久世さんはTBSの現役時代にはかくも斬新なドラマを作り続けるのだが、40代で独立しKANOXを設立する。この独立のきっかけはスキャンダルだった。「ムー一族」を演出していた頃、久世さんには妻子がいた。しかし、出演中の女優・野口ともこと不倫し、それを樹木希林が暴露したのだ。野口ともこが妊娠していたこともあって、久世さんはTBSを退社することになった。若かった僕は芸能界やテレビ界というのは、そういう所なんだなあ、と思ったのをよく憶えている。独立後は、向田邦子ドラマなど、大正や昭和初期を
舞台にしたドラマを多く手がけるようになる。さらには、文筆にも手を染め、東大美学出身らしい耽美的な作品を続々と発表する。直木賞候補にもなったし、「1934年冬−乱歩」では山本周五郎賞を受賞。「蕭々館日録」では泉鏡花賞を受賞した。現在も週刊新潮に森繁久彌の聞き書き「大遺言書」を連載中だった。リリー・フランキーの「東京タワー」を久世演出でドラマ化する話がすすんでいたらしいが、これは是非見てみたかった。まったく、残念である。合掌。
余談になるが、実験的なドラマといえば、僕が初めて見たのが中山千夏が出ていた「お荷物小荷物」という奴だ。千夏扮する沖縄出身のお手伝いさんが運送屋に住み込んで巻き起こす騒動ものだ。志村喬や河原崎長一郎、林隆三、渡辺篤史、佐々木剛なんかが出ていて、とてつもなく面白かった。突然スタッフや見学者が登場したり、役者が自分自身に戻ってしまったり、アドリブだらけ、NGだってOKの不思議な不思議な実験ドラマだった。この「お荷物小荷物」の脚本を担当した佐々木守さん(「男ドあほう甲子園」の原作者でもある)もつい先週亡くなっている。こちらも69歳だった。あらためて、合掌。