野坂昭如と言えば、歌を歌ったり、選挙に出馬したり、奇矯な行動は有名だが、れっきとした直木賞作家として認識していた。あの独自の饒舌文体も含め小説家としては、本人も自信たっぷりなのだ、と思っていたのだ。しかし。この本を読むとCMソング作家・テレビ番組構成者から小説を書くに至る中、三島由紀夫はもちろん、石原慎太郎、大江健三郎、開高健といったすでに大家となった年下の作家や新星の如く現れた五木寛之といった同時代の作家たちに対して野坂がいかにコンプレックスを持ち、自信のなさで心揺れ動いていたのかが分かるのだ。
野坂昭如「文壇」は3年前にハードカバーで出たが、つい先だって文庫になった。いや、面白い。もちろん本書でもあの、独特の文体がフル回転。色川武大(阿佐田哲也)の中央公論新人賞受賞パーティーに始まり、自らの直木賞受賞から、三島自決の歳末にいたるまで、何より驚くのは1960年代の文壇を形成していた作家、評論家、文化人、編集者の名前がこれでもかこれでもか、と記されるところ。「婦人画報」編集長・
矢口純の名もでてくる。当時のバーやレストランなどでの顔ぶれも含め、まさに「神は細部に宿る」の通り、一気に読み通せる傑作であります。