その人は、冬になるとウイスキーのお湯割りを飲んでいた。オフィスのあるビルがホテルに併設されたものだったから、飲むのはホテルのバーだった。仕事を終えた私たちが数人でバーに行くと、4人掛けのテーブル席にたった一人で座り、何やら難しそうなハードカバーを読むその人がいた。私たちに気づくと軽く会釈し、また本とウイスキーに没頭していた。当時、その人は常務だっただろうか、経営者であって、会社では常に静かな人という印象しかなかった。しかし、その人は、鬼のチェックをすると呼ばれた文章のプロであり、現在高名でならすコピーライターも幾度となく原稿をゴミ箱送りにされたという噂だった。まったく残念なことに僕がその厳しいチェックを受けることはなかったが、伝説の人として脳裏に刻みこまれたのは確かだった。その人は最終的にその広告制作会社の社長を務め数年後に引退した。悠々自適の生活でラテン語を勉強しているらしいとかの噂は伝わってきた。先月、後輩からのメールでその人が亡くなったことを知った。その人の名は、品田正平。合掌。