春先にNHK土曜ドラマで放送された「ハゲタカ」は視聴率はそう取りませんでしたが、業界筋への評判が高く、ギャラクシー賞も受賞しています。1時間×6話の物語なんですが、ハゲタカ・ファンドの日本法人の日本人社長を主人公にして、ハードボイルド・タッチでカッコいい経済ドラマでした。なにより、主演の大森南朋がよかったのです。そしてライバル役の柴田恭兵も存外がんばったと思うし、松田龍平や栗山千明も好演していました。カメラを斜めにしたり、効果音を付けたり、カッコつけすぎとも言える演出も内容にはあっていました。原作が真山仁という人の経済小説だというので、てっきり原作をドラマ化したものと思ってました。気はすすまなかったのですが、余りにドラマが面白かったので原作を買ったのです。そうしたら。驚いたことに、小説とドラマはまったく別物なのですよ。登場人物の一部は同じ肩書きや名前だし、キャラクターも似ています。しかし、物語の展開や細部は全然違っていたのでした。ストーリーの中で買収される企業の業種なども変えられ、社名も違うのです。だいたい主人公の鷲津政彦は、ドラマではライバルである芝野の元部下で銀行員ということになっていますが、原作では二人に上司部下の関係はなく、鷲津はファイナンス業界に入るまではNYの売れないジャズ・ピアニストという設定なのです。上下巻にも及ぶ長編小説2作のエッセンスを抽出して換骨奪胎し、6時間のドラマシリーズに作り変えた脚本家と演出家の努力には頭が下がります。そのアレンジの中に主人公の人生背景までも変えるという賭けを行ったスタッフには拍手を捧げて止みません。なるほど、だからドラマが面白かったのかな、と「ハゲタカ」の上巻を数十ページ読み進んだところで「読むのやめようかな…」とも思いました。惜しいことに、「ハゲタカ」の冒頭あたりの描写や文章が、ぶっきらぼうでエンターテインメント小説を模したかのような頼りないものだったのです。作者の真山仁さんは読売新聞の記者を経て2003年に作家デビューした方です。たぶん、「ハゲタカ」の冒頭が書かれたのも2004年くらい。まだまだ作家として羽ばたいた直後の文章だったのでしょう。まあドラマとの差異を比べながら読むのも楽しいかな、と読み進んでいくと。これが凄かった。ストーリ
ー展開における経済知識が半端でないのは当たり前としても、純粋なエンターテインメントとしても十分満足のできる人物造型と極めて緻密な伏線の数々。僕は、ぐいぐい「ハゲタカ」の世界に惹きこまれていったのです。そして、続編の「ハゲタカ2」へ。ここまで来ると、真山さんの筆致は冴えに冴えまくります。単なる経済小説、と高をくくっていた僕は完全に打ち負かされてしまいました。経済情報小説として一級品であるとともに、大人のためのエンターテインメント小説としても絶品でした。それは、例えば白川道さんのデビュー作「流星たちの宴」に接した時のような衝撃でした。しかも、うれしいことに「ハゲタカ2」のエンディングはさらなる続編を期待させる終わり方になっているのです。その後の鷲津政彦を是非読んでみたいですね。
ところで続編の「ハゲタカ2」はハードカバーで出版された時「バイアウト」というタイトルだったそうです。改題されて文庫化された頃、ちょうと幸田真音さんの最新刊「バイアウト」が出ました。何かタイトルについて二人の作家の間で調整ごとでもあったのでしょうか…。ちなみにこれがハードカバーの「バイアウト」と文庫版「ハゲタカ2」の表紙です→
そしてこちらが幸田真音版「バイアウト」です→