今年のアカデミー賞にも作品賞、監督賞、脚色賞、編集賞、音楽賞の5部門にノミネートされているのがスピルバーグの「ミュンヘン」。見てきました。1972年のミュンヘン・オリンピックで起きたパレスチナ・ゲリラ「ブラック・セプテンバー」によって起きたイスラエル選手団人質事件をあつかったシリアスな映画だ。原作は新潮文庫からも出ているジョージ・ジョナスの「標的は11人 モサド暗殺チームの記録」(実際に暗殺チームを率いて、現在は名前を変えてアメリカに住むたイスラエル人に取材したもの)。映画の冒頭でも「事実に基づいた物語」と説明される。事件の際、人質となった11人すべてが殺害されたことに激怒したイスラエル政府は、秘密諜報機関である「モサド」によって暗殺チームを組織する。目的はテロの首謀者と目されるパレスチナ関係者11人の暗殺だ。このチームのリーダーに命じられたのがアフナー(エリック・バナ)なのだ。彼は爆破や偽造のプロ4人とともにミッションを遂行していく。スピルバーグは言うまでもなくユダヤ系だ。だから、パレスチナの悪行を懲らしめるイスラエルの活躍を賞賛気味に描く映画かというと、これがまったく違うのだ。
暗殺を続けるにつれて、主人公は自分の行なっている行為を疑い始める。テロにテロで報復することの虚しさに気付くのだ。全体を支配する映像の色調は淡いブルーがかったもので、まるで昔のフランスの暗黒街映画(フィルム・ノワール)を見ているような感じ。しかも、スピルバーグは「プライベート・ライアン」の時のように、殺人シーンを淡々としかし具体的かつリアルに描くのだ。映画の後半になって、この暗殺チームはカウンター・パートからの襲撃を受ける。そして3人が殺害されてしまう。報復に対する報復への恐怖で、主人公は気も狂わんばかりになってしまう。この映画が描きたかったのは、こういうことだった。ラスト・シーン。ニュー・ヨークのマンハッタンで、モサドからの復帰依頼を断る主人公が歩き出し、パンするカメラが遠方に映し出すのがトレード・センター・ビルの
ツインタワーなのである。なるほど。スピルバーグが言いたいのは、テロに対しイラクで報復するブッシュの行為に対する批判メッセージだったのだ。それに付けても深い。映画である。たぶん、オスカーは取らないだろうけど、現代人としては見ておきたい作品。