ヒキタクニオの小説は、ヒキタクニオにしか書けない。作家名を誰か他の名前に変えても文章としては成立するのだが、この命題が最もよく似合う小説家がヒキタクニオなのだ、と僕には思える。既成の小説家という概念から半歩ほど逸脱しているからこそヒキタクニオの小説は面白いのだ。まあ、その描く世界はヤクザにほど近い裏社会をベースにしているのだが、全体のテイストにとてもモダンで“今”を感じさせるものがあるのが、特徴的である。「ベリィ・タルト」は芸能界とアイドルをテーマに2002年に書かれた小説だが、このたび文庫化にあたって読んでみた。美容師の鋏を研いで細々と生活費を稼いでいる美少女リンは、神宮の花火の日に元ヤクザで芸能プロを経営する関永と出会う。関永にスカウトされ、生来の勘のよさと美貌で売れていくリンだが、そこに大金の匂いを嗅ぎ取った大手芸能プロによる引き抜きの魔の手が伸びる。というお話。裏社会の人間によるせめぎ合いも面白いのだが、ヒキタ作品の魅力は、やはりディテールにある訳で、個性的で味がある登場人物に惹かれてしまう。背いっぱいに紋紋をしょった元ヤクザの関永。その父でオカマの美容師・仁。刑務所暮らしで何かをあきらめた関永の部下小松崎。などなど。これだけの長さを一気に読ませるテンポの良さはナイス。ちなみにタイトルは主人公がアイドルとはストロベリー・ショート・ケーキではなく、ベリィ・タルトだと例えるところから来ているのだが、この辺り、ちょーっと一人よがりだったかも…。