デビュー長編で、制作・脚本・監督・編集・主演を一人でやったというヤン・イクチュン監督の「息もできない」が話題になってます。映画館で上映されているうちに、ということで見てきました。もう上映館も上映回数も少なくなっていますが、平日夜で六分の入り。オープニングから、どアップかつ手持ちブレブレのバイオレンス・シーンでグッと引き込まれます。主人公は借金の取立てを仕事にしているサンフン。30代の独身。五分刈りに口ひげ。どう見てもおしゃれではない長袖ポロシャツに黒ズボン、スニーカー姿のチンピラです。何かというとタバコをふかし、ビールを飲み、あちこちにツバを吐き散らす。取立て屋の社長は古い友達ですが、まわりはほとんど年下ばかり。仲間にすら暴力を振るう嫌われ者です。そんなサンフンの吐いたツバが、すれ違った女子高生ヨニの服に・・・。暴力の匂いぷんぷんのチンピラにも臆せず謝罪と弁償を要求するヨニ。思わず殴り倒してしまうサンフン。この二人の出会いから物語は始まるのです。暴力とパチスロと酒の日々の中で、少しずつサンフンの人生が明らかになっていきます。振るい続けた暴力の末に、母と妹を死に至らしめ刑務所から帰ってきた父。離婚し一人息子を育てる姉。その息子を可愛がるサンフン。家で酒を飲む父を殴り続けるサンフン。女子高生・ヨニにも、ベトナム帰りで仕事ができなくなった父がいます。弟のヨンジェは学校にもいかず、小遣いをせびるばかり。貧しさやベトナム参戦や韓国独特の家長制に翻弄される現代韓国の家族の姿がそこには描かれています。ロケ地はソウル南西部の貧しい地域。昭和の日本を彷彿とさせるような風景は、美しくはないのですが、どこか懐かしく味があります。タイトルの「息もできない」は、英語題の「Breathless」を訳したものですが、韓国での原題は「トンバリ」。直訳すれば「ウンコバエ」ということなのだそうです。身も蓋もないタイトルですが、この映画にはぴったりかもしれません。そして、何かというと主人公のサンフンが投げつける「シバラマー」という台詞。「クソ野郎」という意味なのだそうですが、不思議に耳に残ります。女子高生ヨニを演じる谷村美月似のキム・コッピが魅力的です。脚本・演出を一人でこなしながら、独りよがりに陥っていない完成度の高さ。金子正次の「竜二」に似ているという見方もあるようですが、完成度ではこちらの方が数段上。台詞回しなどは山田太一さんを彷彿とさせるところもありました。暴力シーンに眼を逸らしたくなるようなところもありますが、映画館で見てよかったと断言できる映画でした。
というか、この映画を家でDVDで見るのは辛すぎるんじゃあないでしょうか。映画館の中で浸りきってこその世界がそこにはあるんです。あの暴力と貧しさと、だからこその楽しく、もしかしたら美しい世界は、ぜひとも映画館の暗闇の中で味わっていただきたいと思うのです。